認知症の母を見て思っていたこと

母は、アルツハイマー型認知症を患ってから14年ほどで亡くなりました。
認知症が疑われるようになった当初、幼少期から母との関係があまり良くなかった私は、
”あー、私が面倒みないといけなくなるんだな”と、母と向き合わなければいけない
これからを考えて、暗い気持ちになりました。
母は大半の人生を専業主婦として生きてきた人で、年代もあるのか、家事については
いつも完璧を目指しているように見えました。
「おばあちゃん(母の実母)は家事が終わらない時は夜中まで起きてやっていたから」と
聞いたことがあって、ゾッとしたけど、そういう価値観で育った人なんだと
妙に納得した覚えがあります。
父は当然のことのように家事を一切せず、子どもの私にも手伝わせず、
「時間があったら勉強しなさい」というような人で、
”家のことはもう少し適当にして、自分の好きなことをやればいいのに”といつも思って、
そういう母と生活するのはとても窮屈でした。
母は友人と出かける、とかそういうことが一切なくて、母親って役割の人は友達がいないものだと
ずっと思っていました。
まだ元気な頃、どうしても会っておきたい友達の話を聞いたことがあり、
ちょっと驚きながら「そういう人がいるなら今のうちに会っておけば」と
何度も言ってみたけれど、結局自分からは何のアクションも起こさず、
友達とは会えないままでした。
母は基本的におとなしく、我慢強く、自分の希望を言うこともあまり無く、
どんな風に生きたかったのか、最後までよくわからないままでした。
そういった対話をしたいと思った時は、認知症になってしまっていてもう手遅れで、
話したいことがあれば思い立った時に話しておかないと間に合わなくなることがある、と
学びました。
アルツハイマー型認知症は、脳にアミロイドβやタウタンパクと呼ばれるたんぱく質が
異常に蓄積され、このたんぱく質が神経細胞を破壊し、脳が萎縮することで発症する
とのことですが。
原因としていくつかの要因が言われていますが、母を見ていると我慢我慢の生き方で、
ストレスが大きな原因かもしれないと感じています。
認知症になってからは、おとなしい性格はそのままだけど、それまでのしがらみから
少し解放されたようにも見えて、大変な病気だけど、
なりたかった自分になれているのかな、と思ったりもしました。
でも認知症になってから自分らしさが出せても何だかもったいない。
母は、お肉はほとんど食べないとか極度の偏食だったけれど、病気になってからは
私が作る肉料理も抵抗なく「美味しい」と食べていて、
子どもの頃、お肉を調理はするけど自分は食べない母と一緒の物が食べられなくて
とても嫌だったことが毎回思い出されて、”あれは何だったんだろうか”と
少し虚しい気持ちになりました。
認知症になると性格や好みも変わるし、これまでの母のこだわりって思い込みが支配していたのか
と感じることも多かった。
これまでの母は認知症になった時点で亡くなってしまったようで、それまでの母との葛藤で
生じていた問題は、徹底的に対話するなり何なり、母の脳が元気なうちに片付けておくべきだったと
後悔しています。
