『夜が明ける』(西加奈子 著)助けを求めることの大切さ

全編を通して世の中の理不尽さと助けを求める大切さを思い、読んだ後少し苦しくなりました。
高校時代に出会った、普通の家庭で育った「俺」と、身長191センチで吃音を持ち、
異形な姿の「アキ」。
誰もが近寄りづらかった「アキ」に、「俺」が、”映画で見たフィンランドの俳優に
風貌が似ている”と話しかけたことがきっかけで二人の友情が始まり、
33歳まで続く交流が描かれています。
「アキ」はシングルマザーの貧困家庭で育ち、母親から虐待も受けていて、
でもそんな母親を愛しながら、幼少期から自分の存在を消し、
自分が自分の外に出ないように、息を潜めて生きています。
「俺」にある俳優に似ていると言われた時から、その俳優になりきって
後の人生を歩いていきますが、
自分を閉じ込める器にその俳優を選んだように見えて、
「アキ」は”自分がどうなりたいか”、とか
”自分はどう思うのか”、”自分”というものを考える環境を与えられて
来なかった事が反映されているようでした。
大人になった「アキ」が大金を手にする機会があるけれど、
自分だけがこのお金で幸せになるわけにはいかないと考えて、
周りの人にお金を配ったりしながら、自分は困窮した普段通りの生活を続けていきます。
人間には変化を好まない傾向があるにせよ、お金のある生活、自分で何かを選べる生活を
居心地悪く感じているわけで、切ない気持ちになりました。
一方の「俺」も、父親の急死と発覚した借金により、家の経済事情など
考えたこともないような普通の高校生活から、奨学金頼みで大学進学をしなければならず、
その後も奨学金の返済を含め、苦しい生活を送ることになります。
貧困がこの物語の大きなテーマの一つですが、少しのきっかけで経済的に苦しくなるような
事もある、人ごとではないとあらためて感じます。
卒業後の「俺」はテレビ制作会社に就職しますが、ブラックな環境で睡眠もろくに取れず、
生活は苦しいまま。
パワハラも日常茶飯事な仕事を続けるうちに、リストカットを繰り返したり
心身ともにすり減っていきます。
今話題になっているテレビ業界の内幕を少し覗いた感じもして、その点では
興味深い内容でもありました。
「俺」は、
”好きで選んだ仕事だし、ブラックな環境は当たり前、出世した人はこうした環境を
乗り越えていったんだから、文句を言ったり我慢できないのは自分が悪い”、
と思いながら心も体も壊していくわけですが。
限界を超えた時、部下の女性から、
”何と戦っているのか、仕事って勝ち負けの世界なのか、
勝つことが目的ではなくて続けることが目的”
”助けてもらうことは勝ち負けではなくて当然のこと”
”自業自得とか自己責任は大切な現実を見ないようにするための盾になっている”
”みんなもっと堂々と救いを求めていい 自業自得とか自己責任は、
心から安心して暮らせるようになってから初めて負える責任”
”大切な現実は今ここに困っている人がいること”
”我慢して誰が得するんだろう 苦しかったら堂々と助けを求めて”
と言われます。
この部下は入社当初から、相手が社長であれ誰であれ自分が疑問に思うことは堂々と発言する人で、
「俺」はそういう彼女を少し疎ましく思っていたわけですが、結果的に彼女の言葉に救われます。
理不尽な事はそこかしこに転がっているけれど、頑張ることだけを良しとしないで、
”みんなで我慢しない”、”苦しかったら助けを求める”、”助けを求めやすい社会にしていく”というのは
とても大切な事だと思いました。