『降りていこう』(ジェスミン・ウォード著/石川由美子訳)

ジェスミン・ウォードの小説は初めて読みました。
2010年代を代表するアメリカの作家で、アメリカ南部の黒人の視点から、
社会問題や歴史の重みを描いています。
この小説も、19世紀のアメリカ南部が舞台。
西アフリカからアメリカへ奴隷として連れて来られた主人公アニスの祖母、
母、アニス、と3世代にわたって奴隷として生きる母と娘が、
自由を求めて戦い、抵抗していく物語です。
祖母の故郷である西アフリカが起源とされるブードゥー教を思わせる”精霊”が、
アニスと濃く関わりながら話が進み、とても幻想的で詩的でした。
附録解説によると、タイトルの「降りていこう」は
ダンテの『神曲』第一巻「地獄篇」から取られているそうで、
主人公のアニスが、働いていたサウス・カロライナの農園から
売り飛ばされ、ニューオーリンズの奴隷市場を目指し、黒人奴隷の生き地獄である南部を
さらに”降りていく”、という状況を表現したもの。
サウス・カロライナからニューオーリンズまではおよそ1,000キロ、
車で10〜12時間かかるようですが、一緒に売られる奴隷達どうし、
男性は鎖で、アニス達女性は縄で繋がれたまま、
その距離を歩いて(歩かされて)移動します。
ほとんど休むことなく、まともに食事もできず。
この移動だけでなく、奴隷として生きるということは、何も与えられることのない生活、
徹底的に奪われるのみの生活なんだと想像します。
食べたいものを食べる、好きな時に外出する、着たい服を着るなど、
人間として基本的に思えることすら自分で選択することが全くできない。
終盤でアニスが「あたしは」「あたしのもの」とつぶやく場面があります。
アニスの祖母は故郷にいた頃女戦士として象と戦い、母は実際には戦えないけれど、
棒切れを武器として格闘する術をアニスに教え、アニスは戦うという概念と知識を
祖母や母から受け継いでいきます。
本来、自由は簡単には手に入らない物であること、人間の尊厳について考えさせられる
深い物語でした。